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2012年05月09日

#08 経営者・平清盛の失敗


経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書

「通貨」が平家を滅ぼした!
日本の歴史上、最大の経済ミステリー「平家滅亡」を解き明かす。
ミリオンセラー「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」の著者が、平家滅亡と通貨政策の因果関係を説く。
「現代ビジネス」「夕刊フジ」の人気連載、待望の書籍化。

 
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歴史の一般書というより歴史の謎解き、ミステリーをひも解くといった性格のものであるがこれは面白かった。
結果的に言うと経済施策の失敗の為に平氏は滅亡に向かったという推察である。
  
平清盛の「経済」というテーマであるだけに、一番取り上げられる事の多い日宋貿易が主な話になっている。
内容は日宋貿易の真相、その主力輸入品であった宋銭の話。
そこから清盛は国家や一族繁栄、政治の主導権の保持の為に宋銭を利用した重商主義へとシフトしようとしていたのではないかと著者は続ける。

所謂源平合戦が始まった頃は、平氏が多くの荘園を抱えていた西日本で大飢饉が起った時でもある。
この飢饉がハイパーインフレに繋がり、宋銭を「貨幣」して普及させ、重農から重商へとシフト、貨幣で財をなした平氏一門を直撃。
これが平氏が滅亡に向かった一因ではないか。
 
…という話。

読んでいて思ったのだが、これは結構説得力がある…
公家化し、驕る平氏に武士そのままの源氏が云々という定説から始まり、そういう空気で、というか…
近世か近代ならまだしも、平安時代当時の経済に視点からというのはかなり新鮮で面白かったし、いつの時代も経済抜きでは語られない事がある筈である。
平氏の経済力の中心は荘園からの上がりではと思っていただけに、本書にはなるほどと思う処も沢山あった。

日宋貿易の真相については山内晋次氏等が唱えている事と同じであったため特に真新しい話もなかった。
しかし宋銭の、貨幣としてよりその素材、つまり銅がそのものが経筒を初めとする仏具の材料として必要とされたため大量に輸入されたのではないかという話はなるほどと思う。
その材料を貨幣へと価値を高めたのが清盛であると。

話はかなり面白い。
ただ、個人的にはもう少し史料があがっていれば、うーん?と思うような所も、もっと説得力があるのではないかな、と思う。
ちょっと惜しい。
一般書それも半分ビジネス書のような本であるので仕方ないと言えば仕方ない。
本書の最後には参考文献が随分上がっているので、それだけでも結構役に立つ。 



 
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posted by HYR at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | History 近代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月19日

摘み食い 2-3月

1)平安朝の生活と文学
王朝文学や当時の生活に興味がある人には必携の文庫本。便利で分かりやすい。

2)日本食物史-食生活の歴史
3)日本の食文化(2)食生活と食物史
4)日本食生活史
5)日本料理の歴史

   

食物史関係は度の本も内容はあまり変わらない。
奈良時代まではかなり豊かに多くのものを摂取していたのに、平安時代中期になると仏教思想による縛りと、先例優先の思想からどんどん食事の内容が貧しくなっていく。
それでも懐石料理の大本が、この頃の貴族の食事にあるというのだから分からないものである…
読み物として一番一般的で面白いのは一番最後の『日本料理の歴史』。 

6)着ればわかる!

 
特殊な世界の衣裳や制服の体験レポートはかなり面白い。
陸上自衛官の章が個人的には面白かった。

7)風呂と日本人

 
これはさらっと。古代の蒸し風呂主流に?を持っておられるようです。
まだ何冊かあるけどもういいかな…
 

posted by HYR at 11:25| Comment(0) | TrackBack(0) | つまみ食い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

#07 水洗トイレは古代にもあった


水洗トイレは古代にもあった―トイレ考古学入門
 
古来、人々はいったいどうウンチを処理していたのか。
最新の発掘成果と文献・絵画をもとに、縄文から戦国まで各時代のトイレ事情を解明。
これまでなおざりにされてきた日本の排泄の歴史を科学する「トイレの考古学」。

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前々回に引き続き尾籠な内容が続くのもなんなので、あまり書きません…笑
奈良時代は川の水を引き入れて川に流す、所謂水洗だったそうで、その遺構も発掘されているとのこと。
元々川の上に板なり丸太なりを置いて用を足していたと考えられ、その為トイレのことは「川屋」、「厠」というのだそうだ。
人口が少なかったら川に流すタイプでも良いだろうが、人口が集中する都市ではやはり問題もあったかと思われる。(平安京のように)

古代や奈良時代のトイレ遺構の発掘例はあるものの、平安時代のものは未発見でその実態はよく分かっていないらしい。
平安京のニオイ』で平安京のトイレ事情について触れたが、役所水洗もあったかもしれないという推測である。

トイレ跡の発掘から発見される事は多いとは昔から言われてきた事であるが、今後の発掘調査や研究に期待したい所である。
 

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posted by HYR at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | History その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

#06 風呂と湯の話

随分古い本であるが、日本の入浴に関する基本的文献だと推察する。
結論から言うとこれは面白い本であった。
 
戦国時代頃は蒸し風呂が主流、江戸時代からは湯につかる風呂が主流、それは知っていた。
しかし言葉に明確な違いがある事は、本書で初めて知った。
風呂と言えば蒸し風呂、湯と言えば湯浴の事だ。
今はその言葉の違いが無くなっている。
 
一番面白かったのは平安時代の入浴である。
一般的に当時の貴族は滅多に入浴をしなかった、頭も洗わず、中世ヨーロッパに匹敵する不潔さであったと言われる事が多いが、本書を見るとそれはまるで間違いであることが分かる。

著者が残っている摂関家の日記や具注暦の類から調べると、風呂と行水を合わせて2・3日に一度は入浴していたとのこと。
当時は日常行動でさえ、陰陽道を初めとする吉凶占いに左右される事が多いため、今よりは体を清潔にする頻度は少ないものの、果たしてこれは不潔と言える頻度なのだろうか。
勿論これは上の上の話である為、中流、下流になると差し引いて考える必要はあるとは思うが。
 
本書の出版年は古く、1967年である。
恐らく入浴や風呂場関係の事について調べるためには避けて通れない著者の本だと思うのだが、なぜ上記のように誤った説が流布しているのか、理解に苦しむものである。
 

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posted by HYR at 10:02| Comment(0) | TrackBack(0) | History その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

#05 平安京のニオイ


 
藤原道長が栄華を誇った時代。
都ではどのようなニオイがしたのか。
排泄・廃棄物・動物・死など、暮らしと切り離せないさまざまなニオイを再現。
一方で、薫香の文化を芸術にまで昇華させた貴族の心性を浮き彫りにする。
 
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恐らく多くの人が興味を引かれる話題であると思われる。
藤原摂関家の全盛期と言えば、枕草子や源氏物語などの王朝文学が花開いた時期である。
源氏物語などを読むとかぐわしい香りをイメージする機会が多く、当時の上流貴族はさぞ優雅で美しい世界に住んでいたのだろうと思わせる。

ところが、である。
平安京には(もちろん)現在のような汚水処理の方法などなく、人々の排泄物は実質街中…
つまり平安京内に垂れ流しの状態だったのである。
家に遣水等を引けるような上流貴族はその水流を使って邸宅外の溝に排出していたと推測され、また中流・下流貴族も恐らく樋箱(今でいうおまる)で用を足した後、溝に捨てていたと思われる。
庶民は男女問わず路傍排便である。
平安京内の大路小路は想像を絶する悪臭であっただろう。
 
また驚くべきは死に対する感覚で、路上に死体や病人を放置するのは特段珍しくなかったようである。
勿論誰かが埋葬する訳でもなく、病人の場合はそのまま死にやがて朽ちていくのだが、犬や鳥についばまれる事が普通であった。
かどわかされた皇女が身ぐるみを剥がされた上、路上に放置され、犬に食われて頭しか残っていなかったという話がある程であるので、随分殺伐とした世界でもあり、とても”優美な”世界と同時進行しているとは思い難いほどの隔たりがある。
 
しかしそんな世界に住みながらも、片方では薫香(当時は薫物(たきもの)であるが)や花の香りに心を誘われる、そういう一面が非常に発達した事は非常に興味をそそられる所である。
 
においに限らず今とは随分感覚が違う時代である。
歴史の話としても面白いが、普通の読み物としても十分面白い本であった。


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posted by HYR at 09:50| Comment(0) | TrackBack(0) | History 平安 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月16日

#04 明治天皇


明治天皇―むら雲を吹く秋風にはれそめて (ミネルヴァ日本評伝選)

明治天皇(1852-1912、在位1867-1912)
激動の幕末に14歳で即位した時には、無力なシンボル的君主であったが、明治憲法ができる頃に政治権力を確立。
憲法にふさわしい調停的な政治関与、絶妙のバランス感覚、頑固な性格、表と違う奥の生活など、これまで明らかにされてこなかった人物像を、新資料から描き出す。

○むら雲を吹く秋風にはれそめて
1908年11月、奈良県で行なわれた陸軍大演習に出席した明治天皇が、奈良公園内の大本営に戻る汽車の中で詠んだ歌より。
「三笠の山に出でし月かな」と続く。
日清・日露の戦争に勝利しながら、厳しいストレスで健康を悪化させた天皇が、古代以来の風光を望む場所で、久しぶりの野外活動に解放感を味わう(本書410頁参照)。
 
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ここ数年書店でよく見かけるようになった明治天皇の伝記の1冊。
何かブームなのだろうか…伊藤之雄氏の著書である。
 
明治天皇と言えば明治大帝ともいわれ、一般的には名君として知られる天皇であろう。
日露戦争前後の、重厚で伊藤博文や山縣有朋、松方正義などといった並みいる高官を心服させる英邁な君主というイメージが強い人物でもある。
維新の際15・6才で、以降元勲元老に囲まれて教育され成長した天皇であるが、どうしたらあそこまでの君主になれるのだろうと不思議であった。
詳しい方から明治天皇は若い頃と晩年とでは随分違うという話は聞いていたが、本書を読んでそれに納得した。
 
ターニングポイントになったのは明治10年代の終わりから20年代の初め、憲法制定にかかるあたりである。
憲法制定への動きを通じて明治天皇は望ましい君主像を自身の中に結び、それに沿って行動するようになり、そして伊藤博文との信頼を強めてゆく。
それは明治天皇が君主として成長する過程であるとともに、後にイメージされるようになる威厳や重みを生みだす過程になっているように思える。

明治は様々な国内外の事件、日清日露といった大戦争を経験した時代である。
明治天皇はそうした中、薩長藩閥や政軍関係、陸海軍の関係を君主の権力や立場を利用して優れたバランス感覚で彼らの調停者となり、その存在を絶対的なものにしている。
伊藤博文が憲法で目指し期待した君主そのもので、伊藤からすれば明治天皇はこれ以上にない君主であったのではないか。

ただそうした表世界における成功と引き換えに、明治天皇からはどんどんプライベートが消滅していき、国を背負うストレスにより体を壊すようになる。

本書では明治天皇の長所短所は「片意地」であるという言葉があった。
確か侍従か、近しい人間の言葉である。
その片意地が悪く反映された例として、家庭での失敗、皇太子(大正天皇)、また孫に当たる昭和天皇の養育の失敗が挙げられている。
大正天皇の話は言及されているものも多くあるが、昭和天皇に対する悪い影響という話は初めて見た。
ここには少し興味が沸いたため、同著者の昭和天皇の本も読書リストに上げておきたい。
  
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posted by HYR at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | History 近代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月12日

#03 天地明察



江戸時代、前代未聞のベンチャー事業に生涯を賭けた男がいた。
ミッションは「日本独自の暦」を作ること―
碁打ちにして数学者・渋川春海の二十年にわたる奮闘・挫折・喜び、そして恋!早くも読書界沸騰!俊英にして鬼才がおくる新潮流歴史ロマン。
 
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とても面白い歴史小説だった。
主人公渋川春海を通して学問追求への情熱と、その先にある感動が描かれている点が大きく心に残る一冊。
特に北極出地で渋川が同行した建部昌明と伊藤重孝のふたりには、伊能忠敬を見るような感銘を覚える。人生を捧げられる何かを見つけられた人間は幸福であると同時に若い。

和暦(というよりも天文歴に関わった人々)に関しては若干興味があるが、渋川については名前しか知らなかったので興味深く読んだ。
読んでいて疑問であったのだが、本書では当時ケプラーの定理を既に渋川は発見理解していたとあったが、これは…
もう少し後の時代だと思うのだが。

もしかしたら、和算、暦学、といった専門的な分野での記述に誤りがあるのではないだろうか。
参考文献には専門書が幾つか上がっていたが、特に専門家に監修を受けているというようでもないので、この辺りはどうだろう。面白さに惹かれて信じてしまう。
面白い小説である事に変わりはないので、本当にそこしうらめしである。

後、多分間違っていると思うのだが、本因坊道策が謙遜して白の碁石を持つ場面があった。
逆じゃないの?強い方が白だよね?
それにしかも本書中、キーワードであった「必至」という言葉、碁ではなく将棋の言葉だと思うんだが。編集者何やってたんだ。
  
しかし…時代小説や歴史小説は、もうこういった書き方や口調が当然という流れなのだろうか…
「というか」なんて書き方、小説とはいえこの分野の書籍で見るとはついぞ思った事がなく正直な所げんなりした。
  
 
※古い版を読んだので新しい版では修正されている箇所が多い可能性が高い 
※少し調べたら参考文献の著者のひとりが本書の問題点を色々とブログで発表していた 
  



 
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posted by HYR at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | History 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする