明治天皇―むら雲を吹く秋風にはれそめて (ミネルヴァ日本評伝選)
明治天皇(1852-1912、在位1867-1912)
激動の幕末に14歳で即位した時には、無力なシンボル的君主であったが、明治憲法ができる頃に政治権力を確立。
憲法にふさわしい調停的な政治関与、絶妙のバランス感覚、頑固な性格、表と違う奥の生活など、これまで明らかにされてこなかった人物像を、新資料から描き出す。
○むら雲を吹く秋風にはれそめて
1908年11月、奈良県で行なわれた陸軍大演習に出席した明治天皇が、奈良公園内の大本営に戻る汽車の中で詠んだ歌より。
「三笠の山に出でし月かな」と続く。
日清・日露の戦争に勝利しながら、厳しいストレスで健康を悪化させた天皇が、古代以来の風光を望む場所で、久しぶりの野外活動に解放感を味わう(本書410頁参照)。
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ここ数年書店でよく見かけるようになった明治天皇の伝記の1冊。
何かブームなのだろうか…伊藤之雄氏の著書である。
明治天皇と言えば明治大帝ともいわれ、一般的には名君として知られる天皇であろう。
日露戦争前後の、重厚で伊藤博文や山縣有朋、松方正義などといった並みいる高官を心服させる英邁な君主というイメージが強い人物でもある。
維新の際15・6才で、以降元勲元老に囲まれて教育され成長した天皇であるが、どうしたらあそこまでの君主になれるのだろうと不思議であった。
詳しい方から明治天皇は若い頃と晩年とでは随分違うという話は聞いていたが、本書を読んでそれに納得した。
ターニングポイントになったのは明治10年代の終わりから20年代の初め、憲法制定にかかるあたりである。
憲法制定への動きを通じて明治天皇は望ましい君主像を自身の中に結び、それに沿って行動するようになり、そして伊藤博文との信頼を強めてゆく。
それは明治天皇が君主として成長する過程であるとともに、後にイメージされるようになる威厳や重みを生みだす過程になっているように思える。
明治は様々な国内外の事件、日清日露といった大戦争を経験した時代である。
明治天皇はそうした中、薩長藩閥や政軍関係、陸海軍の関係を君主の権力や立場を利用して優れたバランス感覚で彼らの調停者となり、その存在を絶対的なものにしている。
伊藤博文が憲法で目指し期待した君主そのもので、伊藤からすれば明治天皇はこれ以上にない君主であったのではないか。
ただそうした表世界における成功と引き換えに、明治天皇からはどんどんプライベートが消滅していき、国を背負うストレスにより体を壊すようになる。
本書では明治天皇の長所短所は「片意地」であるという言葉があった。
確か侍従か、近しい人間の言葉である。
その片意地が悪く反映された例として、家庭での失敗、皇太子(大正天皇)、また孫に当たる昭和天皇の養育の失敗が挙げられている。
大正天皇の話は言及されているものも多くあるが、昭和天皇に対する悪い影響という話は初めて見た。
ここには少し興味が沸いたため、同著者の昭和天皇の本も読書リストに上げておきたい。
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